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横井晃子の日記

このブログは、主に私が学んでいるビジョン心理学についての体験や学んだことをコンテンツとしたものです。このブログの内容は私の理解に基づいて書かれたものであり、 VDIやその他のビジョン心理学のトレーナーや組織には一切の責任はありません。

文庫Xを読みました

私は普段は、ノンフィクションは読みません(ごく稀にお料理とか手芸とかエッセイを読むくらい)

 

でも、久屋大通の本屋さんで、文庫Xを思わず手にとって、カバーの「申し訳ありません。僕はこの本をどう勧めたらいいかわかりませんでした。」ではじまる文章を読み、ノンフィクションだとわかって散々迷って、でも、「フェザン さわや書店」という文字を見つけて、やっぱり買ってしまいました。

 

フェザンさわや書店は、本当に懐かしい名前で、私が大学生の頃に本当によく行ったお店でした。私は本当に小さな時から本が好きな子供だったらしく(文字の読めない小さな頃にブルーナをめくってもらいながら、親と一緒に自分も音読するほど読んでもらっていたらしいです)、本も好きだし本屋も好きで、さわや書店には本当によく行きました。

 

一気に読みました。「これって小説じゃないよね?」と何度も首を傾げながら。おすすめしたい気持ちはあるけど、どう勧めていいか全くわからない、その気持ちもわかりました。

 

この本、確か昔、文庫が出た時に、買おうかどうしようか一瞬迷って、結局買わなかった本でした。この売り方、さわや書店の名前がなかったら、きっと買わなかったと思います。

 

出会えて本当に良かったと思えるのは、この本が、例えノンフィクションでも著者のリアルを強く感じられて、不正に対する怒りではなくて、真実を求める誠実な態度が胸に響くからだと思います。

 

そして、私がノンフィクションがあまり好きではないのは、著者の人となりが感じられない本か、何かへの怒りしか感じない本のどちらかにしか出会ったことがなかったからだということがわかりました。事柄だけを知りたいなら教科書や論文の方がよっぽど効率的だし、例えそれが自分の感情を刺激されているだけだとしても、読むだけで胸が悪くなるほど著者の憤りに翻弄されるのは苦しいから、読むのが嫌だったのです。

 

私は本の虫のような子供だったので(今でも毎日読まないと耐えられないから過去形はおかしいかも?)、さわや書店には、親元から離れてはじめて暮らす土地で、ずいぶん支えられたのじゃないか、と、この本を読んで思いました。自分の地元である岩手を誇りに思えることに、また1つ出会えて、とても嬉しかったです。