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横井晃子の日記

このブログは、主に私が学んでいるビジョン心理学についての体験や学んだことをコンテンツとしたものです。このブログの内容は私の理解に基づいて書かれたものであり、 VDIやその他のビジョン心理学のトレーナーや組織には一切の責任はありません。

カテゴリの説明

脳の反応レベルにジョイニング

心と科学

Nature asiaの記事にものすごく興味深い記事を発見しました。

www.natureasia.com

 

トラウマを消去するための治療方法を開発した、というもので、私が理解した「どういうことをやっているか?」ということを簡単に書いてみます。何かショックな出来事、例えばここでは白いライトバンに轢かれたとします。その人は白いライトバンを見るたびに、冷や汗をかいたりする、とします。

【通常のやり方】

  1. 白いライトバンの写真を何度も見せる
  2. 自分は大丈夫だと徐々にわかってくる
  3. トラウマ解消

利点:効果がとても高い

問題点:治療を受ける人に高いストレスがかかる。

 

【この方法】

  1. 白いライトバンの写真を見たときの脳の活動をfMRIという機械でデータ化し、記憶しておく。
  2. 白いライトバンの写真を見たときと同じような活動が脳に現れたら、高い得点が出るように、プログラムを作る
  3. 治療を受ける人は、プログラムで高い得点が出るように、色んなことを自由に想像(イメージ)する。高い得点が出れば出るほど何か良いものがもらえるようにしておく(お金とか)
  4. 何度も繰り返し高い得点が出るように、想像しているうちに、「白いライトバンの写真を見たときと同じような脳の活動が起きても、ストレスがかからない(というよりいい事が起きる)」という新しい学習がなされる。

 

これを読んでいて、POVのジョイニングとこの方法は、同じことなのではないか?と思いました。ちょっと違うかもしれません。うーん、もうちょっと良く考えてみないとわからない。

 

POVのジョイニングは、そのときの体験を安全な場所で思い出すことを意図してみる、という側面もあります。それをこのような形で強いる、というわけではないのですが。でも、脳内に起きていることは同じことなのではないか?とにかく、非常にインスパイアされる記事でした。

文庫Xを読みました

毎日

私は普段は、ノンフィクションは読みません(ごく稀にお料理とか手芸とかエッセイを読むくらい)

 

でも、久屋大通の本屋さんで、文庫Xを思わず手にとって、カバーの「申し訳ありません。僕はこの本をどう勧めたらいいかわかりませんでした。」ではじまる文章を読み、ノンフィクションだとわかって散々迷って、でも、「フェザン さわや書店」という文字を見つけて、やっぱり買ってしまいました。

 

フェザンさわや書店は、本当に懐かしい名前で、私が大学生の頃に本当によく行ったお店でした。私は本当に小さな時から本が好きな子供だったらしく(文字の読めない小さな頃にブルーナをめくってもらいながら、親と一緒に自分も音読するほど読んでもらっていたらしいです)、本も好きだし本屋も好きで、さわや書店には本当によく行きました。

 

一気に読みました。「これって小説じゃないよね?」と何度も首を傾げながら。おすすめしたい気持ちはあるけど、どう勧めていいか全くわからない、その気持ちもわかりました。

 

この本、確か昔、文庫が出た時に、買おうかどうしようか一瞬迷って、結局買わなかった本でした。この売り方、さわや書店の名前がなかったら、きっと買わなかったと思います。

 

出会えて本当に良かったと思えるのは、この本が、例えノンフィクションでも著者のリアルを強く感じられて、不正に対する怒りではなくて、真実を求める誠実な態度が胸に響くからだと思います。

 

そして、私がノンフィクションがあまり好きではないのは、著者の人となりが感じられない本か、何かへの怒りしか感じない本のどちらかにしか出会ったことがなかったからだということがわかりました。事柄だけを知りたいなら教科書や論文の方がよっぽど効率的だし、例えそれが自分の感情を刺激されているだけだとしても、読むだけで胸が悪くなるほど著者の憤りに翻弄されるのは苦しいから、読むのが嫌だったのです。

 

私は本の虫のような子供だったので(今でも毎日読まないと耐えられないから過去形はおかしいかも?)、さわや書店には、親元から離れてはじめて暮らす土地で、ずいぶん支えられたのじゃないか、と、この本を読んで思いました。自分の地元である岩手を誇りに思えることに、また1つ出会えて、とても嬉しかったです。

 

駅員さんと毎日の言葉

先生の言葉

私が毎日使う地下鉄の駅には、感じよく挨拶してくださる駅員さんがいます。

 

毎日、「ありがとうございます」「行ってらっしゃい」「こんばんは」と、声をかけてくださいます。

 

 

 

以前、栗原弘美先生がセミナーで、複数人の部下を持つ男性に、先生がこんなことをおっしゃっていました。

 

毎日、元気?とか、調子どう?とか、声をかけるんですよ。女性性でね。気にかけてもらえてるなって感じれば、誰でも嬉しいでしょう?そうすることで、大きな問題を防げるのです。

 

駅員さんは、毎朝、毎夕、必ずみんなに声をかけていらっしゃる。そのことで、この駅は大きな事故を免れているのじゃないかと、私は思います。

 

ありがたいことですね。

 

 

つながりの力

ビジョン心理学と日々のこと

最近、プライベートでばたばたしていて、ちょっとご無沙汰していました。

 

つながりの力というタイトルにしたのですが、私、1ヶ月は毎日何かを続ける、ということにそれほど困難でなくできるのですが、その後続かない、というパターンがあります。

 

例えば、しばらく前に書いた「間食をやめる」という記事の続きの体験です。今も間食をやめてやめ続けているし、「これからも食べないだろうな」と自然に思えるのですが、一方で、一時期毎日やっていた英語の語彙の勉強や、このブログなどはなぜ続かないのだろうか?と思ったのです。

 

それは、たぶん、つながりの力ではないかと思うのです。

私は1ヶ月以上続けられないというパターンを持っている。けれども、先生や仲間に「間食をやめる」ことを宣言して、会うと先生や仲間がそのことを気にかけてくださる。「まだやめてるの?」とか「成果が出てるの?」と聞いてくれたり。

 

このことで、1ヶ月を超えても、間食をやめるということを続けていられるのじゃないかと思うのです。

 

先生やみんなとつながっていられる、このことがどれくらい大きなことなのか、自分でも認識できないくらい、大きいことなのじゃないかと思うのです。つながりは、無自覚的におきてくるパターンさえも超える力を持つのだな、と、改めて認識しました。

 

 

自閉症の僕が飛び跳ねる理由

セミナー 毎日

自閉症の僕が飛び跳ねる理由という本を読んでいます。セミナーで栗原弘美先生が紹介してくださいました。

 

 

私は自閉症の人ではないし、自閉症の人と関わったこともないのですが、読んでいたらだんだん、自分の今まで触れたことがない気持ちに触れるような感じがすることがあります。

 

この本は、たくさんの自閉症でない人からの自閉症の人への質問と、その答えからできています。例えば、「体に触れられるのはイヤですか?」という質問に対して、「僕はいやではありませんが…」といったような文章が続くのです。

 

この質問の答えの中に「体に触れられるということは、自分でもコントロールできない体を他の人が扱うという、自分が自分でなくなる恐怖があります」というものがありました。

 

私は、太っているせいで体が気持ちよさそうに見えるのか、時々、あまり親しくない人から、腕を掴まれたり肩を抱かれたりすることがあります。それで、その度に反射的に拒絶的な気持ちが出るのですが(その人に対して、ちょっと身体的に距離を置くようになってしまいます)、その気持ちは怖さだったんだなぁ、と気がつきました。

 

そんな感じで、読んでいると自分の気持ちに触れられるような気がする本です。なかなかおすすめの本です。

初めての棒針編み込み・ハンドウォーマー

毎日 手芸

棒針編み込みに初挑戦です。とにかく手の甲が冷えるので。この間のハンドウォーマーは、どうも出入り口の穴がどれも硬くてちょいと具合が悪く…。

 

フェリシモの編んでいないキットがあるのを思い出して、新しいハンドウォーマーを編んでみています。

 

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編み込みの糸を引きすぎて模様が綺麗に編めませんでした…(涙)内側で糸がつれて、ヘニョヘニョになっています。もう片方を編むときにはもっとゆるく編まないと。

 

まだいくつかキットは残ってるし、成長あるのみです!